夏柑糖(なつかんとう)
純粋種の夏みかん果汁と寒天をあわせ、再び皮に注いで固めました。
戦後まもなく、もののない時代に、庭にあった夏蜜柑の果実に、少しの砂糖と寒天を合わせて、上七軒の数寄者のお客様方のためにお作りしたのが最初です。
日本原産種の夏蜜柑の強度の酸を寒天で固めることは非常に難しく、約20年前に人工ゲル化剤が誕生するまでは、唯一の蜜柑の寒天菓子として(※)、多くの方々のご愛顧を賜って参りました。
ところが、昭和50年以降、グレープフルーツの輸入自由化等により、夏蜜柑は甘夏に作付け転換され、その姿がほとんど消されてしまいました。私たちは、原産地である萩(山口県)の各農家に依頼し、種の保存と品物の確保に努めて参りまた。
その後、クール宅急便の全国拡大により夏柑糖の需要が増大し、原種の夏蜜柑確保のため、和歌山の産地農家にも依頼。各農家の協力を得て、ひとたび甘夏に変えらえれていた樹を夏蜜柑に戻してもらうことができました。そのため、現在もこの菓子をようやく作り続けられる状況にあります。
毎年4月1日に製造を開始。その年の夏蜜柑の取れ高により、終了時期はまちまちになります。
(※) ゼリーではありません。寒天です。
流鏑馬(やぶさめ)
流鏑馬射手の綾傘をかたどった餅風味の平鍋物で、葵の紋をあしらいました。
下鴨神社(賀茂御祖神社)における流鏑馬は、欽明朝より伝わる馬の神事とされていますが、戦後、農耕馬の減少により、祭の継続が危ぶまれた時期がありました。祭祀において、菓子は、神饌として用いられる重要な要素です。菓子を通して祭祀とその重要性について知っていただきたく、創菓しました。皐月の邪気を払うべく糺の森を駆け抜ける馬神事の素晴らしさを、ぜひお楽しみください。
香果餅(こうかもち)
木の実や果実をそぼろ状の生地で焼き上げました。
中国では、古来、中秋に月餅を神に捧げ、分かちあう習慣があります。月見は、月の暦で生きる東アジアの人々の収穫祭です。老松の月餅は、京菓子風に食べやすくアレンジしたものです。収穫の意味で、木の実や果実をたっぷり詰め込みました。
本わらびもち
わらびの根から採取した宮崎県産の本わらび粉を100%使用しています。
本わらび粉は、秋に、わらびの根を掘り起こし、晒して製粉したものです。7年ほどおいてから使うコクのある良質のでんぷんで、古代より摂食されてきました。
「わらび餅」は、室町中期の『老松堂行録』にその名が見られますが、おもに、江戸時代より関西地区において多く親しまれてきました。(関東ではくず餅が多く食されてきました。)
わらび餅の缶詰は、昭和50年代後半に開発したもので、風味を損なわずいつでもお楽しみいただけます(※)。
缶詰には、黒蜜ときな粉を添付しております。いずれも同時期に独自開発したものです。黒蜜は糖度を特に低くしております。黒蜜は通常糖度が80度くらいですが、時間をかけて50度前後に調製しております。きな粉は、国産の大豆を、わらび餅に合うような炒り加減で調整しております。きな粉は炒り加減が大事です。
嵐山店茶房「玄以庵」では、注文を受けてから1回づつお作りしています。
御所車(ごしょぐるま)
丹波大納言小豆の餡を白雪糕で包み、三丁型の木型で御所車を模した押紋菓子。
柳桜織りなす都大路をしのぶ当舗の代表銘菓。
江戸時代中頃より米粉の滋養性を生かした宗教的菓子として発展した紋菓は、水飴を多く使用したねき餡を使用していますが、「御所車」は丹波大納言のつぶ餡であっさりと召し上がっていただけます。
包装紙には、当家に伝わる明治初期の京都の古地図を、また、しおりには同じく当家に伝わる江戸時代の御所の公家屋敷の様子のわかる図を使用しております。
胡桃律(こうとうりつ)橙糖珠(だいとうじゅ)
胡桃と金柑を蜜漬けにしました。
『延喜式』の「諸国貢進菓子」の中にその名が見えます。租庸調のうち、庸の代物として諸国の名産が納められていました。
「胡桃律」は信州上田産の胡桃を丸ごとキレイに取り出し、丁寧にローストしてから、すり蜜漬けにしております。
「橙糖珠」の金柑は徳島産。約10日間、毎日糖度を少しずつ上げた蜜に入れ替えて蜜漬けにしてから、同じく、すり蜜漬けにしています。
「すり蜜」は、砂糖を溶かして、長い時間をかけて白くなるまですりこぎで擂って作られます。洋菓子ではfondanと言われるもので、明治期に「本山(ほんざん)」と訳され、現在もその名称で呼ばれています。
胡桃律、橙糖珠ともに、お茶事の八寸の山のものにもお使いいただけます。
葛ながし(くずながし)
北野の梅と波照間の黒糖風味の葛きり。突き出してお召し上がりください。
梅風味は、北野天満宮の梅苑の梅で造った梅酒に(※)、葛を合わせました。
黒糖は、少量ずつしか生産しない希少な波照間産。波照間は、日本最南端の島(沖縄県、八重山諸島)。茶道具には、南方より輸入したものが多く使われていますが、古来、日本人は<南>への憧憬を抱いてきました。
葛は、吉野本葛を使用。葛は有史以前から食べられていた良質のでんぷん。風邪の時に葛湯を飲むのは、炭水化物を有効に摂取できるから。京都では古くから吉野の葛を使用してきました。
ところ天状に突き出してお召し上がりください。冷やしてどうぞ。
(※)当舗は、長年、北野天満宮の梅苑の管理を司って参りました。
蓮根餅(れんこんもち)
蓮根のでんぷんを寒天で固めました。
昔から、茶席菓子として、盂蘭盆会や夏の追善の茶席菓子として作っていた菓子。パッケージ入りタイプの「蓮根餅」は、当舗当主が、10年前に中国・浙江省(長江下流域)にて茶摘みをした折、美味しい蓮粉(蓮根のでんぷん)を見いだして作ったのが始まりです。同時に、日持ちするパッケージを考案。以来、来客時のお茶受けに、夏の茶席菓子として、また、海外でのおもてなしにも重宝されています。
なお、浙江省と日本は、文化的な共通点を多く見いだすことができます。とくに、食べ物の類似は多く、共通の言葉もあります。この蓮根餅、彼の地を訪れた栄西、道元も食べたのでは?と想像すると面白いですね。
ちなみに、中国の「餅」表記は、米の餅ではありません。中国では、米のモチが「糠(コウ)」、米以外のモチが「餅(ピン)」と呼ばれます。「蓮根餅」は、蓮根のモチ。米のモチではないので、「餅」なのです。
モチモチ、ぷるぷるとした食感をお楽しみください。
松風(まつかぜ)
蜜漬けにした桃を焼き込んだ、老松の松風。
古代日本では、菓子といえば「古能美(このみ)」や「久多毛能(くだもの)」のこと。「非時香果(ときじくのかくのこのみ)」と言われ、貴重な存在でした。なかでも、桃は、呪力のある果実として、記紀神話にも登場します。老松の「松風(※)」は、菓子のルーツでもある「久多毛能(くだもの)」にあやかり、蜜漬けにした桃の果実を入れました。京の白味噌をかくし味に、銅鍋でふんわりと焼き上げ、しっとり上品に仕上げました。ホールケーキ状の焼き菓子です。切り分けてお召し上がりください。
(※)「松風」は、焼き菓子の一種。表には芥子や胡麻がふられているのに裏には何もなくてさびしいことから、「裏さびしい」→「浦さびしい」→「松風」との連想から、名付けられたと言われています。
飛雲(とびくも)
季節の干菓子をとりどりに詰め合わせました。
季節の干菓子を十数個も詰め合わせた、玉手箱のようなおトクなひと箱。京干菓子のほとんどすべての手法が詰まっています。写真の詰め合わせ(4月から5月)では、「切り出し」「落雁」「千代宝(おちょぼ)」「寒氷」「和三落雁」「有平(ありへい)」「鳳瑞(ほうずい)」など(※)。ほぼ月ごとに変わる意匠や取り合わせも、楽しみの一つです。
菓銘「飛雲」は、同名の王朝装飾紙から採りました。「飛雲」は、藍色と紫色に染めた紙を、雲が飛んでいるように散らしてつくられる紙。季節の移ろいを感じながら生きた王朝時代の繊細な感性を、とりどりの干菓子から感じとっていただければ幸いです。
(※)季節により、「生砂糖(きざとう)」や「州浜」が入ることもあります。他の技法として、京干菓子に見られる「煎餅」は、「飛雲」には入りませんが、別途、大きいサイズの木箱入り干菓子詰め合わせとしてご注文いただくことができます。
一夜酒(ひとよざけ)
北野天満宮神人ゆかりの甘酒。
甘酒は、糯米の粥に麹を加え、6,7時間発酵させるとできるため、「一夜酒」とも言います。現在は冬に飲まれることが多いようですが、昔は、盛夏、暑気払いに飲まれました。甘酒は、室町時代、北野天満宮の神人(じにん)の特権として、西の京の麹座が商っていました。昭和初年には、天満宮の紋である「うめばち」を呼び声に、売られていたといいます。老松では、昔ながらの味を手軽にお楽しみいただけるよう、粉末にしました。熱い湯を注ぐだけで、本格的な甘酒ができあがります。お好みで、添付の生姜粉末を加えてください。暑い夏に、寒い冬に、すっきりと味わい深い「一夜酒」を、ぜひご愛飲ください。
香梅煎(こうばいせん)
北野天満宮の梅を用いた香煎茶。
北野天満宮の梅苑の梅を用い、香り豊かに調製しました。白湯を注いでお召し上がりください。
来客のおもてなしに。季節の便りに添えて。



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